大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成5年(行ツ)86号 判決

上告人

福島宏

右訴訟代理人弁護士

森本耕司

被上告人

田尻靖幹

右訴訟代理人弁護士

成瀬公博

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人森本耕司の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  熊本市では、昭和五七年九月六日以降、一部の課(市民課、保険課、年金課等)において、職員の昼休みの休憩時間を交代で繰り下げることによって、午後零時から午後一時までの時間も継続して窓口業務(以下、この業務を「昼休み窓口業務」という。)を行うこととなり、これに伴い、当時の市長である星子敏男(以下「星子前市長」という。)は、昼休み窓口業務に従事した職員に対し、「昼窓手当」と称する特殊勤務手当(以下「本件手当」という。)を支給することにした。

2  普通地方公共団体は、その職員に対し、条例に基づき特殊勤務手当を支給することができるところ(地方自治法二〇四条二項、地方公務員法二五条三項四号)、熊本市においては、熊本市一般職の職員の給与に関する条例(昭和二六年熊本市条例第五号)一六条が「特殊勤務手当の種類、支給を受ける者の範囲、手当の額及びその支給方法は、別に条例で定める。」と規定し、これを受けて定められた熊本市職員特殊勤務手当支給条例(昭和二八年熊本市条例第二二号。以下「本件条例」という。)は、二条において、「手当の種類、手当を受ける者の範囲及び手当の額は、別表のとおりとする。」と定め、別表において、伝染病作業手当、清掃等作業手当、夜間看護手当など一三種類の特殊勤務手当を掲げ、これを受ける者の範囲及び手当の額を具体的に規定している。右別表には、昼休み窓口業務に従事した職員に対して支給される特殊勤務手当は掲げられていなかったが、星子前市長は、本件条例六条が、「この条例に定めるもの以外の勤務で特別の考慮を必要とするものに対しては、市長は、臨時に手当を支給することができる。」(一項)、「前項の手当の額は、そのつど市長が定める。」(二項)と定めているところから、右別表の改正を経ることなく、右六条に基づくものとして、本件手当を支給することとした。

3  熊本市においては、本件手当の支給を開始するに当たり、他の地方公共団体において昼休み窓口業務に従事した職員に対して手当を支給しているかどうかなどの点につき調査を行ったところ、これを支給している地方公共団体が相当数あったことから、星子前市長は、昼休み窓口業務の開始について職員団体の同意を得るために、本件手当を支給するのもやむを得ないと判断したものである。しかし、右の調査の対象となった地方公共団体のうち昼休み窓口業務に従事した職員に対して特殊勤務手当を支給していた地方公共団体には、昼休み窓口業務を特殊勤務手当の支給の対象とする旨の条例の定めがあったのに、熊本市は、根拠条例の有無までは調査を行わなかった。

4  星子前市長は、昭和五八年以後は、毎年、その年の四月一日から翌年三月三一日までの期間につき、昼休み窓口業務に従事した者に対して本件手当を支給すること及びその額の増額を決定し、本件条例六条に基づくものとして本件手当の支給を行った。同六一年一二月に星子前市長の後を受けて熊本市長に就任した被上告人も、毎年、前同様の決定をして本件手当の支給を続け、平成元年一一月一日からは、昼休み窓口業務を税務部門にも拡大して、本件手当を支給するようになった。

5  熊本市において、平成元年四月一〇日から同二年四月九日までの間に昼休み窓口業務に従事した職員は延べ一万〇二二一人であり、被上告人が本件条例六条に基づくものとして支給した本件手当の総額は、一〇二九万〇九二七円であった。

二  熊本市の住民である上告人は、被上告人がした右一5の本件手当の支給(以下「本件支出」という。)は、違法な公金の支出に当たると主張して、被上告人に対し、その支給総額に相当する一〇二九万〇九二七円の損害賠償及び年五分の割合による遅延損害金を熊本市に支払うことを請求したところ、第一審判決は、右請求を認容したが、原審は、被上告人がした本件支出は、本件条例六条に基づき適法にされたものであり、仮にそうでないとしても、被上告人が本件支出をしたことに故意又は過失はないと判断して、第一審判決を取り消した上、上告人の請求を棄却した。

三  しかし、原審の右判断は、いずれも是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  特殊勤務手当は、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務であって、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められる勤務に従事した職員に対して支給すべき手当であると解されるところ、普通地方公共団体は、その職員に対し、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには支給することができず(地方自治法二〇四条の二、地方公務員法二五条一項)、給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例で定めなければならないのであって(地方自治法二〇四条三項)、この理は、特殊勤務手当の支給についても異なるところはない。そうすると、どのような勤務を対象として特殊勤務手当を支給するのかは、条例において規定すべきものであって、この判断を広く普通地方公共団体の長の裁量にゆだねることは、地方自治法及び地方公務員法の右各規定の許容しないところといわなければならない。

しかしながら、普通地方公共団体においては、臨時に、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務に従事することを職員に命ずることがあるが、特殊勤務手当の支給の対象とされている他の勤務との対比において、この勤務を特殊勤務手当の支給の対象としないことが不合理であると考えられるのに、条例では、その対象とされていない結果、特殊勤務手当の支給に関し均衡を失する事態を生ずることも考えられないではない。本件条例六条の規定は、このような場合には、特別の考慮を要するものとして、臨時に従事させた勤務について、市長の判断によって、応急的に、同条例別表記載の手当の額に準ずる額を決定して、特殊勤務手当を支給することを可能にしたものと解される。したがって、本件条例六条は、職員を臨時に従事させた勤務について特殊勤務手当を支給しないことが、同条例別表に掲げられた特殊勤務手当の支給の対象となる勤務との対比において不合理であると認められるような場合に、市長が、応急的措置として、特殊勤務手当を支給することを許容したものと解するのが相当であって、その限りにおいて、地方自治法及び地方公務員法の前記各規定に抵触しないものということができる。

2  これを本件についてみると、前記事実関係によれば、熊本市においては、昼休み窓口業務は、昭和五七年九月六日以降、継続的、恒常的に行われており、職員を昼休み窓口業務に臨時に従事させたとみる余地はないし、これに対する本件手当の支給も継続的に行われてきたことが明らかである。そうすると、本件手当が、職員を臨時に従事させた職務につき、応急的に支給されたものとは認め難い。市長が、毎年度ごとに、その支給を決定していたという事情があるとしても、この点の評価が変わるものではない。しかも、昼休み窓口業務は、休憩時間が一時間繰り下がるものの、その勤務内容や勤務条件からすれば、本件条例別表に掲げられた一三種類の特殊勤務手当の支給の対象となる勤務との対比において、特殊勤務手当の支給の対象としないことが不合理であると認められるような勤務に当たるということもできない。したがって、本件支出は、本件条例六条によって市長に許容された範囲を超えて行われたものであって、条例に基づかない違法な支出であるというほかはない。

3  以上に検討したところによれば、被上告人は、本件条例六条に基づき、市長の裁量的判断により、昼休み窓口業務に従事した者に対して本件手当を支給することができるという誤った条例の解釈に基づき、本件支出を行ったものといわざるを得ないが、前記の地方自治法及び地方公務員法の規定があることに加え、本件条例六条が同二条及び別表を補充するものとして置かれていることや同六条が臨時的、応急的な措置を定めるものであることは同条の文理から十分に読み取れることを考慮するならば、被上告人の右の解釈に相当な根拠があるものとみることはできない。しかも、前記事実関係によれば、熊本市が前記調査の対象とした地方公共団体のうち、昼休み窓口業務に従事した職員に対して特殊勤務手当を支給していた地方公共団体には、昼休み窓口業務を特殊勤務手当の支給の対象とする旨の条例の定めがあったというのであるから、その点についての調査を行っていたならば、本件条例六条に基づいて本件手当の支給を続けることに疑義のあることは容易に知り得たものというべきである。そうすると、被上告人は、市長として尽くすべき注意義務を怠り、誤った条例の解釈に基づいて漫然と本件手当の支給を継続したものであり、被上告人は、その過失により、違法な本件支出をしたものと評価せざるを得ない。

四  以上によれば、上告人の請求を棄却した原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前示説示によれば、上告人の請求を認容した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、原判決を破棄し、被上告人の控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子)

上告代理人森本耕司の上告理由

一 本件に問題になっているいわゆる昼窓手当が給与の一種であることに異論はなく、原審は右昼窓手当が熊本市職員特種勤務手当支給条例(以下「本件条例」という)に基き支給されていることを認めたが、その前提として右条例第六条が有効なものと認定した。

ところで、普通地方公共団体は、その職員に対していかなる給与も法律またはこれに基く条例に基かなければ支給することができない。いわゆる給与条例主義というものである(地方自治法第二〇四条の二・地方公務員法第二五条第一項)。給与の支給は住民の税金などを原資としており、その使途が重要であるのみならず、特に職員への金銭の支給に関し、不正や馴れ合いの危険もあるところから、それを避けるためその支給方法・基準等を法や条例に明記し、住民を代表する議会の審議と議決を経させることにより、住民の監視のもとに置き給与の支出を特に民主化しようとしたものである。

特に地方公務員法第二五条第一項は「職員の給与は……給与に関する条例に基いて支給されなければならず」というだけではなく、更に「これに基かずには、いかなる金銭……も職員に支給してはならない。」とまで明示し、給与の支給に関し、格別に厳格な態度を示している。

熊本市においては右法律に基き熊本市一般職の職員の給与に関する条例を制定しているが、同条例自体には特殊勤務手当の種類、支給を受ける者の範囲、手当の額及びその支給方法等を明示せず、それらを別の条例に委ねた(同条例第一六条)。

これを受けて本件条例が制定されたが、同条例はどこにも本件昼窓手当を直接明示しなかった。(特に同条例第二条は特殊勤務手当の種類、手当を受ける者の範囲、手当の額等に関し明示したが、本件昼窓手当は何ら規定されていない。)

そこで、被上告人は本件昼窓手当の根拠を本件条例第六条に求めたものである。

しかし、同条は「1、この条例に定めるもの以外の勤務で特別の考慮を必要とするものに対しては、市長は、臨時に手当を支給することができる。2、前項の手当の額は、そのつど市長が定める。」と定めるのみである。

手当の種類、手当を受ける者の範囲、手当の額について何らの基準も限定も設けられていない。かかる条例は給与の支給をただ単に市長に白紙委任したものというほかない。そうであれば、市長は改めて条例を制定することなく、自己の裁量でいくらでも給与の支給を決めることが可能である。

このようなやり方は、給与条例主義を実質的に潜脱するものである、よって、本件条例第六条は地方自治法第二〇四条の二、地方公務員法第二五条第一項に反する。

また、熊本市一般職員の給与に関する条例第一六条も、かかる無限定な白紙委任を許した趣旨ではないから同条にも反する。

いずれにせよ本件条例第六条は無効というべきであって、結局、原審の判断は右各法令に違背し、かつこれは判決に影響を及ぼすものである。

二 原判決は本件条例第六条の解釈を誤ったものである。

1 仮に、同条が無効でないとしても、同条を何らの制限を設けることなく野放図に適用した場合、前記の給与条例主義に反することになるのだから、その解釈は厳格でなければならない。

しかるに、同条は市長の裁量による支給の条件として、①「特別の考慮を必要とするものに対して」のみ支給を認め、②あくまでも「臨時」の手当である必要があり、かつ③手当の額は「そのつど」市長が定めるものでなければならない、との限定を加えた。

2 そこで、第一に本件昼窓手当が同条の予定する「特別の考慮を必要とするもの」かどうか。

(1) まず、本件条例第二条は地方自治法第二〇四条の二や地方公務員法第二五条第一項を受けて、給与条例主義に反しないよう支給の対象となる特殊勤務手当の種類、手当を受ける者の範囲、手当の額等を定めた。

しかし、右に加えて、本件条例第六条を設けた趣旨は行政上緊急の必要性があるが条例改定の時間的余裕がない場合に備え、手当の種類・範囲・金額等が大規模にならない範囲で――つまり給与条例主義をできるだけ潜脱せず、極めて限られた範囲にとどまるように、誠に巳むを得ない場合に限り、極めて厳格な条件のもとに市長に支給を認めたものである。

従って、少なくともこの「特別な考慮を必要とするもの」とはその手当の種類、手当を受ける者の範囲、手当の額等につき、本件条例第二条(別表)に準じるものでなければならないことは当然である。支給対象者、支給金額等も大規模にものは予想していないであろう。

(2) また、地方公務員法第二四条第三項によれば地方公務員法の給与が国の職員の給与等を考慮して定められなければならないこととされ、同法第二五条第三項第四号が「特殊な勤務」という文言を使用しているところからも、熊本市一般職の職員の給与に関する条例第二条、同第一六条及び本件条例の「特殊勤務」とは一般職の職員の給与に関する法律第一三条に定める「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要と」とするもの、又はこれに準じるものと解される。

以上、いずれにせよ、仮に本件条例第六条が市長の一定の裁量を認めたものとしても、勿論無限定なものではなく右の範囲で認めたものというべきである。

(3) しかるに、本件の昼窓手当の支給の対象となる昼窓業務とは通常の市役所における窓口業務に関し、午後〇時から午後一時までの昼休み時間を一時間ずらせただけであり、業務内容自体や一日の勤務時間には全く変更がない。(この点に争いはない。)

この点原審は被上告人からの「昼休み時間外での昼食がとりにくいとか、制服を着ているため市民から時間外に遊んでいると見られる虞れがあり、精神的に制約される」との主張をそのまま認定したわけではないと思われるが、仮にそのようなことがあったとしてそれが何がしの制約であろうか。

また、被上告人からの「少ない人員で昼窓業務をさばくことになり、昼休み中の労働強化になる」との主張も原審が認定したわけではないと思われるが、一日の窓口業務は総量としては同じであり、昼窓業務でさばいた分だけ外の時間の労働は減少する。また、窓口業務は職員のペースで行うだけのことであり、その間来訪した市民は待機しているだけのことである。現実に昼窓業務導入後それによる労働強化の苦情は出ていない(少なくとも本件の証拠には見当たらない)。

いずれにせよ、昼休み時間を一時間ずらせただけで、それまで通常の業務であったものが、途端に「危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務」に変化するとは到底考えられない。また、本件条例第二条(別表)に掲げるどの業務にも類似ないし準じたものではない。

(4) ところが、原審は結果として本件の昼窓業務を本件条例第六条のいう「特別の考慮を必要とする」特殊勤務だと認めた。これは右に述べた本件条例第六条の解釈を誤ったものであり、法令に違背するものである。または、本件昼窓業務を本件条例第六条の予定する「特別の考慮を必要とする」業務だと事実認定したものだとすれば、右と同様の理由で理由不備・理由齟齬である。

三 のみならず原審は右認定に関し、方法論の間違いも犯している、

即ち、本件昼窓業務がまず第一に本件条例第六条に定める「特別の考慮を必要とする」特殊勤務に該当するかどうかを、まず吟味しなければならないにも拘らず、原審は「昼窓業務の実施は……従来からの取扱いを変えるものであるから、これに反発する職員団体の対応にも無理からぬ面があること、手当の支給は、昼窓業務の実施の代償措置として職員団体から要求されたもので、昼窓業務の実施がされていない当時の状況のもとでは前記……の事情をもって昼窓業務に特殊性があるとした当時の市長の判断ひいてはこれを引継いだ控訴人の措置が市長の合理的な裁量の範囲を逸脱したものとは認め難いし……」と述べた。(ここが本件条例第六条の該当性を直接論じた唯一の部分と思われる。)

つまり、本来業務内容自体を問題にすべきところ、昼窓手当導入に際しての職員団体との折衝経緯や職員団体からの要求(また、その当時の昼窓業務導入に対する社会的要求の社会環境)を問題にし、そこからいきなり市長の裁量権の範囲内であるとの帰結論に結びつけている。

当然のことながら職員団体の要求や、それとの折衝経緯等は何ら昼窓手当対象の業務内容自体の判断に何らかかわらない。(例えば、仮に職員団体からそのような要求があり、昼窓手当の導入が法的にも問題がなく真に必要であったというのであれば、他の地方公共団体が行っているように本件条例第二条を改正して、それを明記する方法があったのであり、そのために本件条例第六条に定める手当の対象業務自体を拡大解釈しなければならない理由とはなり得ない。)この点は理由不備もしくは理由齟齬(民訴法第三九五条第一項第六号)、または本件条例第六条の解釈を誤ったものである。

四 次に、本件第六条に基く手当は「臨時」のものでなければならない。また、手当の額は「そのつど」市長が定める。

臨時とは時間的な短さを表わす。少なくとも何度も繰り返されるものであってはならないだろう。まして、何年も継続する内容の業務はいずれにせよ「臨時」とか「そのつど」という言葉の概念から離れる。

特に、先にも述べたように本件条例第六条はそのままでは手当の支給について市長に白紙委任するものであって、(仮に同条が有効としても)給与条例主義の重要な例外をなすものであるから、同条の文言の解釈は厳格でなければならないものである。

しかるに、本件昼窓手当は昭和五七年九月一日以降支給することとされ、以後本件対象となった分までだけでも、平成二年四月九日までの間、実に七年以上の長期間継続支給されてきた。その後、本件訴訟提起後平成三年二月に廃止したが、それまで含めれば八年五月の長期間にわたる。これを短期間であったとか「臨時」のものであったというのは、(本件第六条を厳格に解釈すべきとの見解は全く別としても)、市民の常識に反する。

この点、原審は「手当の支給期間、その額も毎年決定していたことからすると、(本件)手当の支給が「臨時」かつ「そのつど」決定されたというべきである」と述べる。

しかし、仮に最初の一年目の支給を臨時と見ることができたとして(これもおかしいと思うが)翌年以後繰り返したとすれば、例え毎年形式的に支給額等を決め直してきたとしても、客観的に見て継続したものと見る外ない。少なくとも「臨時」とか「そのつど」という概念ではとらえられないであろう。

ちなみに熊本市の職員組合は「本給」についても毎年市当局と折衝して決定している(熊本市に限らず一般職の公務員は一般にこのようなやり方をとっている)が、だからといって本給を「臨時」的なものと考えるものは誰も居ない。

また、実際にも、少なくとも二年目以後については他の地方公共団体が行っているように、本件昼窓手当を明文化した条例を制定することは時間的にも十分可能だった。

原審はこの点でも本件条例第六条の解釈を誤った。又は同条例の適用対象となった本件昼窓手当をそのように事実認定したとすれば、やはり理由不備・理由齟齬がある(民訴法第三九五条第一項第六号)。

五1 被上告人の故意・過失について

原審によれば

① 昼窓手当支給決定に際し被上告人は、前市長の方針を受け継いだものであること

② 毎年熊本市当局と職員団体とその交渉を通じて支給の是非を検討したうえ決定されたこと

③ 本件手当支給に関して、市民やマスコミの批判が出始めたのが本件支出の終了間際であり、その後は速やかに支給を廃止したこと

の三点から、結局「昼窓業務が特殊な勤務に当たらないとの意識が職員や市民の間に定着したのは本件支出後であるから控訴人(被上告人)が本件支出するに際し、控訴人(被上告人)は故意又は過失があったとも言難い」と結論づけた。

右の説明は必ずしも明瞭でないが、結局、「本件手当支給決定について、その経過や状況から見て被上告人に違法性の意識(認識)又はその可能性がなかったので、故意・過失がない」と述べているとしか外に解しようがない。

そうだとすれば、原審の右判断は地方自治法第二四二条の二第一項第四号(民法第七〇九条)の解釈を誤ったものである。つまり、本件請求の要件としての被上告人の「故意」については客観的に違法とされる「事実」の発生することの認識さえあればよいのであって、違法性の認識又はその可能性は故意の要件ではない。

この理は例えば、大審院昭和五年五月一九日判決(昭和五年(オ)第五六八号事件)も認めたものと解されるので原審の判決は判例違背でもある。

2 また、百歩譲って、仮に違法性の認識やその可能性が故意の要件だとしても、被上告人にそれらは存在した。

けだし、第一に被上告人は地方公共団体の長として、当然に地方自治法第二〇四条の二、地方公務員法第二五条第一項、熊本市一般職の職員の給与に関する条例、本件条例等を正しく理解し解釈し、運用すべきものとして予定されているものであり、第二に、実際の経緯の中でも本件手当支給開始に際して熊本市当局は他の地方公共団体での昼窓手当の状況を調査し、その結果、昼窓手当を支給している他の地方公共団体のほとんど全部が昼窓手当支給を「明示した」条例を制定したうえ導入に踏切ったことを知ったのである。被上告人は当然それらのことを調査し、知り得たのにそうしなかった。この点、原審判断には法令違反又は理由不備(民訴法第三九五条第一項第六号)がある。

六 以上いずれにせよ原判決は破毀を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例